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高齢者の年中組 [寛容な社会]


森村誠一氏は言う。 60代が余生の年少組で、70代が余生の年中組、80代以上が年長組だという。(『老いる意味』)。70代が力をもっているともいう。IOC委員でもそんな感じがしました、理念なき東京五輪と言われて「広島」訪問したりする。ところが広島の原爆投下日に黙とうなどの呼びかけをしないという。 悪性リンパ腫で入院している記者は「平和の祭典で感染が広がらず、誰の命も失われることがないように-。治療の副作用で時々襲われるひどいだるさにおびえながら、病床で願っている」(病床から見る東京五輪 上野洋光 2021/7/23 西日本新聞)のだという。 ◆気になるニュース  「『日本選手活躍、政権に力』自民河村氏 「五輪の政治利用」批判の声 2021/8/2 6 西日本新聞」だと語ったという。河村建夫元官房長官は78歳。先の高齢者の分類によれば年中組になるが、職業柄がら定年というのも難しいのだろうか。先のような発言はいただけないが。

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作られる感動 [寛容な社会]


カレンダーの祭日を変更してまでオリンピック開会式を準備したが、相次ぐスキャンダルの結果として辞任・解任が続き、どうしたことなのかと聞いていると、開会式などは丸投げしているという。丸投げを受け止めた方は事実関係を知らなかったのだろうか。  障がい者に対するいじめなどがあったというが実態はどうなのでしょうか。そこから教訓にすることがあるはずなのに、深められず、教訓にはならない。   「永田健の時代ななめ読み 「勇気と感動を」お気遣い無用 2021/7/25 西日本新聞」  「『アスリートの皆さん。五輪が開催された以上は、五輪の舞台で思い切り走ったり泳いだりしてください。自分のために。私もそれを応援するでしょう』  『ただし、勇気とか感動につきましては、すべて私の判断で行いますので、お気遣いは全く必要ありません。どうぞご心配なく』(一部引用)」


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誰のためのスマホ [寛容な社会]



西日本新聞の電話投稿欄に数日前にスマホでなければならないのか。電話機能さえ使えればいいのにという趣旨のものがありました。電話会社からはスマホに切り替えをと定期的に切り替えを求めてきました。私の場合も電話さえあればいいのですが遂に根負けして切り替えました。古くなったシステムを維持するのが大変だということは分かります。それに乗っかりたくない人の声を活かす方法はないものだろうか。 「コラム 春秋 ネットから漏れる人に「網」を2021/7/24西日本新聞 モールス信号だったら、難文も誰より速く打てるのに」。胸が詰まる嘆きを本紙「こだま」欄への投稿で目にした▼71歳の女性が、83歳で亡くなった父の思い出をつづった一文。父は晩年、携帯電話を持ち始めたが、教わってもメールがうまく打てない。その時に発したのが冒頭の言葉。かつては信号を自在に操る技術の持ち主だったのだろう。その歯がゆさはいかばかりか(以下略)」  歩きスマホなどでの死者が出ています。ながらスマホ防止装置はないものでしょうか。

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ヤングケアラーとは [寛容な社会]



ヤングケアラーの福岡県の実態調査についての報道をSNSに紹介したところ、母の病気で家事全般を高校生でやることになったという体験の報告がありました。私と2~3歳違う人ですので、高度成長期の入り口の時期です。食べるのに精いっぱいで家事を分担することはありふれた風景でした。現代の課題は何なのでしょうか。家事を女性の仕事とする意識とどこかでつながっているようです。 家事の戦力外通告を受けた身としては自分の問題としては考えにくい。

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手伝うは禁句 [寛容な社会]



ソフトバンクホークスのレイ投手は今年のチーム86試合目で初完投勝利をしました。事程左様に完投が基準の時代は過ぎ去りました。先発―中継ぎ―抑えと分担が基本になりました。ワンオペの時代は過ぎつつあります。だが、なかなか進まないのがジェンダーギャップ。ついつい「手伝うから」というホンネが出てきます。女性側から「女子力を上げる」なる言葉が語られます。

「コラム デスク日記  家事と男女格差2021/7/13 西日本新聞の前田 淳 」では次のように述べています。

「世界経済フォーラムのジェンダーギャップ(男女格差)指数で、日本は156カ国中120位に低迷する。昨年の国内の出生数は、統計開始以来最少の約84万人にとどまった。家庭内の不平等に目をつぶったままでは、コロナ後も少子化に歯止めをかけるのは難しかろう。私自身もまだまだ精進せねば。」

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在宅投票も [寛容な社会]



ひきこもりの様子は多様なもののようです。対応そのものに課題があるのではないかと思う。東京都議選は終わりましたが、東京の「ひきこもり」の人の投票率はどんなものかと思いました。「ひきこもり」にも障害によるものもあり、多様ではないかと思われます。そもそも日本の在宅投票制度は複雑だと言われているそうです。関心がある方はネットで検索してみてください。貴重な1票をどのように確保するか、各方面の支援が求められると思います。 「日本初「ひきこもり白書」の1686人調査で判明、ひきこもる人の実像とは?(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース 7/2(金) 6:01配信」によると多様な姿が浮かんでくるという。  記事によると  「『私たちが白書をつくることになったのは、ひきこもりの多様性について多くの方に知っていただき、ひきこもり像をアップデートしたいという思いからです。46万字に及ぶ自由記述には、北海道から沖縄県まで全国の当事者たちの切実な声が詰まっていました。中でも“安楽死”という言葉を10人以上の方が書かれていたのは衝撃でした。みんな、言葉にできない複雑な生きづらさを抱えて一生懸命生きようとしているのです』」(UX会議・林恭子共同代表理事)(一部引用)」 賢明に生きていこうとしている姿を知ってもらう活動の姿のひとつだと思います

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記者会見が仕事の人たち [寛容な社会]


日曜日が楽しみです。ですが、リタイアして25年。楽しみは新聞のコラムです。大坂選手の会見拒否の話です。 「永田健の時代ななめ読みコラム 記者会見が仕事だとしても 2021/6/6 西日本新聞 永田 健 」からです。  「大坂選手の訴えを『心身に不調を抱えている人にも対応可能な仕事環境づくりを』と受け止めれば、それは極めて今日的な意義を持つ。双方が折り合える決着点を見つけてほしい。もやもやした今回の騒動を前向きに捉え直すこともできるのではないか。  最後に大坂選手にアドバイスするなら-信頼できる記者とじっくり語り合ってみてはどうだろう。「記者はなぜそれを聞くのか」を理解すれば答えるのも楽になる。その上で意味のない質問だと思えば、遠慮なく会見でそう言えばいい。」 ここでは、会見が仕事と思われる人への注文が珍しくありません。見逃しているかも。私の見方は単純です。永田氏もふれている、仕事環境づくりです。契約書か何かで「うつ病」の診断書があれば会見免除できるというようにしたらどうでしょうか。日本でも、障害者差別解消法があり、うつ病も精神障害者としてみなされます。本人としては言いにくいことかもしれませんが、うつ病を告知してから励まされた患者の人たちがいると思います。人権回復への思い入れが強い、尊敬される生き方に新たな1ページが刻まれることを期待します。





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言葉の力か [寛容な社会]



6月4日の西日本新聞広告に、同紙の女性投稿欄として今も続く「紅皿」から戦後のものを収めた『戦争とおはぎとグリーンピース』の宣伝文句が「日本の家庭に『戦争』が残っていた昭和30年代」でした。昭和30年代をよく表していると思いました。 そして、新聞をめくると『俵万智の一首一会』に苅谷君代という歌人の「『障害も個性』とふ記事に何となく頷くことのできぬ我がゐて」という作品がありました。失明していく過程などの感じたものが色濃く反映されています。そのなかには見えないことの恐怖などもあるでしょうし、いくつもの不便さもあるでしょう。私は別の障害者ですが、「障害も個性」というのは第3者としての感想のように思え、突き放された感じがしたものです。障害者としての屈折したものが影響しているのかもしれません。苅谷君代氏の作品が他にも掲載されています。 

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公園遊びは [寛容な社会]



近所の子どもが路上でバドミントンをしていて羽根が我が家の庭にはいってきました。高齢者世帯が中心の街ですが、若い世帯も増えています。平日の夕方早く子どもの姿を見ることが少ない。久しぶりの姿は上級生の落ち着きさえ感じました。近くの公園はキャッチボール禁止ですので遊ぶところは限られています。なんとかいい知恵はないだろうか。 「コラム 公園遊びは「不要不急」か2021/5/2華山 哲幸 西日本新聞 12日から緊急事態宣言の対象に県内が追加され、福岡市内の一部公園では大型遊具の使用が禁止となり、駐車場も閉鎖された。わが家にとって公園は、休日に娘を好きなだけ遊ばせることができる「強い味方」。公園は利用できても徒歩圏内にはなく、事実上制限された形だ(以下略)」
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父親として [寛容な社会]


父親像についてふれたコラムからです。「芸能春秋 田中邦衛さんが演じた父親 2021/4/10 西日本新聞」では、田中邦衛さんが与えた影響にについてふれています。 「父親とは失って初めて存在の大きさが分かるものなのか。先日の本紙「こだま」に、73歳の女性が50年前、58歳で亡くなった父親の思い出を投稿していた▼父親は仕事一筋の自動車修理工。中学校の弁論大会に出る女性を作業服姿のまま見に来た。汗と油まみれの服がはばかられたのか。講堂の外から窓ガラスに顔をくっつけ聞き入る姿がよみがえると記していた(以下略)」 多くの父親はそうであったろうというエピソードだったでしょうか。それともあって欲しい父親像なのでしょうか。 私の場合、高校進学にあたり、授業料などの負担が少ない、国立専門学校を受験したときに合格判定通知の郵便屋さんが来る頃になると父親が外で待っていた姿を思い出します。父の期待にはそえませんでしたが妙に記憶に深い場面でした。 それにしても、田中邦衛さんについてもっと語られるのを期待します

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